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福岡高等裁判所 平成11年(ネ)352号 判決

控訴人

株式会社古賀タクシー

右代表者代表取締役

安川昌彦

右訴訟代理人弁護士

德永弘志

斉藤芳朗

被控訴人

安河内功

右訴訟代理人弁護士

梶原恒夫

小澤清實

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

次のとおり補正するほかは、原判決摘示の事案の概要(二頁末行から六頁一行目までの記載)のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二頁末行の「原告が、被告がなした配転命令が」を「控訴人の従業員である被控訴人が、タクシーの乗務係から営業係へ異動の命令を受けたことについて、職種を越えた配転命令であり、被控訴人の同意なくして行われたもので」と改め、三頁一行目の「期間の」の次に「未払」を加え、三行目の「株式会社」の次に「(以下『控訴会社』という。)」を加え、九行目の「職務状態」を「タクシー乗務」と改め、一〇行目の「その間」の次に「のタクシー乗務のうち」を加える。

二  原判決四頁四行目の「労働者」を「被控訴人」と改め、七行目冒頭に「1」を加え、一〇行目の次に改行して左記のとおり加え、末行の「への乗務」の前に「(乗務員を除く定員九人の大型タクシー)」を加える。

「2 被控訴人が支払を受けるべき未払賃金額は、〈1〉平成七年七月分が五万九三八一円(右一の4の平均賃金月額の一七分の五)、〈2〉同年八月分から平成九年二月分までが合計三八三万六〇二四円(同月額の一九か月分)、〈3〉平成九年三月分が一〇万〇九四八円(同月額の半月分)である。」

三  原判決五頁二行目の「労働者」を「被控訴人」と改め、六頁一行目の次に改行して「3 しかるに、被控訴人は、本件命令後、平成九年三月一六日に従前のタクシー乗務に戻るまでの間、同命令に従った労務を提供しなかったのであるから、控訴会社は、被控訴人に右期間の賃金を支払う義務を負わない。」を加える。

第三当裁判所の判断

一  前記争いのない事実及び証拠(〈証拠・人省略〉、被控訴本人、控訴会社代表者(当審))によれば、以下の事実が認められ、これに反する書証(〈証拠略〉)並びに証人品川文夫及び被控訴本人の各供述部分は、採用することができない。

1  控訴会社は、本件命令当時、小型タクシー二三台とジャンボタクシー三台を保有し、従業員として、乗務係(被控訴人を含めて四二名)、営業係(四名)、整備係(一名)及び事務係(二名)を雇用していた。

乗務員は、三〇日を単位として、〈1〉始業時刻(午前七時から午前九時)から終業時刻(午後一一時から翌日午前二時)までの勤務を一五日、〈2〉一日勤務を二日、〈3〉休日・非番を一三日とする勤務条件で小型タクシーに乗務し、賃金として固定給(基本給と諸手当)及び歩合給の支払を受けていた。なお、車検等のため乗務するタクシーがないときは、手の空いた乗務員が営業係の手伝いをすることもあり、一定量の営業業務に従事したときは、賞与として五〇〇〇円が加算支給されることになっていた。

営業係の業務内容は、〈1〉事故処理、〈2〉運行管理、〈3〉配車、〈4〉タクシー乗務(休車が出た場合の小型タクシーの乗務並びにジャンボタクシーの乗務)、〈5〉西日本新聞社から請け負っている新聞販売店五社に対する夕刊の配送、JR時刻表の配布、〈6〉タクシーチケット利用客に対する請求書の配布及び集金、中元等の配達等であり、四名のうち一名が主に事故処理に当たっていた。営業係の勤務は、事故係が午前七時三〇分から午後四時三〇分までで、その他は日中(午前八時から午後五時)と一日(午前九時から翌日午前九時)の勤務を交代で行い、賃金としていずれも固定給(月給)の支払を受けていた。

2  被控訴人は、かつて運送会社でトラックの運転手をしていたが、控訴会社の乗務員平野芳晴を通じて同社のタクシー乗務員に応募し、平成四年三月九日に三か月間の臨時雇いの乗務員として採用された。その際、面接に当たった安川昌彦専務取締役(現代表者)は、将来、観光タクシーやジャンボタクシーに乗ってもらいたい、整備見習いをしながら職業訓練校に通ってもらいたい、免許取得費用は会社が負担するなどと話し、被控訴人からも、九州各地をトラックで走行した経験があり、地理に明るいので、観光タクシーにも乗ってみたい旨の発言があった。

被控訴人は、平成四年三月二三日に第二種免許を取得し、社内訓練を経て小型タクシーに乗務するようになり、臨時雇期(ママ)間が経過した同年六月九日(ただし、労働契約書は同月八日付け)に乗務員として本採用されたが、臨時雇用の間、集金業務や新聞配送等を行い、本採用後も、タクシー乗務のほかに得意先等への粗品の配布、時刻表の配布、配車の手伝い等の業務を分担していた。

3  控訴会社は、平成三年四月にジャンボタクシー一台を導入し、家族旅行等の用途に利用していたが、その乗務は、主に整備係及び営業係の担当者が行い、時に乗務係の乗務員が手伝うこともあった。その後、平成五年六月に需要増加に伴ってジャンボタクシー一台を更に導入したが、整備係と営業係の担当者だけでは運行をまかなえなくなったため、乗務係からベテランの乗務員数名を選び、順次その乗務に充てるようになった。被控訴人は、市木貞雄総務部長による研修を経て、同年一一月ころからジャンボタクシーにも乗務した。

4  ところで、被控訴人は、乗務員としての成績があまり芳しくなく、月によっては売上順位が最下位を記録することもあり、勤務当日に欠勤することも多かった。そのため、平成五年八月ころと平成七年三月ころの二回、市木から、小型乗務を下りて営業係に移るように求められたが、性格上営業は向かないとして、欠勤をして要求に抵抗する態度を取り、また、平野に控訴会社との折衝を委ねるなどした結果、二度とも乗務係に留まることができた。

5  控訴会社では、その後ジャンボタクシーの需要が高まったため、平成七年四月に三台目のジャンボタクシーを導入した。他方、同年三月末に整備係の従業員が退職し、その後任に営業係の事故担当者を充てるとともに、同年四月に営業係の従業員を新たに雇用したが、同じころ、営業担当者一名が病気で入院し、同年七月一八日には同人の入院が長期化することが判明したため、営業係の担当者一名を補充する必要が生じた。そこで、控訴会社は、右の必要性と売上成績等を考慮し、被控訴人を営業係に充てることにした。

被控訴人は、平成七年七月二〇日、市木から「どうね、車を降りて営業せんね。」などと言われ、翌日から営業係に移るよう命じられたが、これを拒否した。そして、翌二一日に出社した際、安川専務に小型タクシーの乗務に戻してもらうよう頼んだが、安川から、売上が少なく、欠勤が多いことを指摘され、営業に移れば給料も上がること、売上保証をすることを告げられ、要求は受け入れられなかった。被控訴人は、当日乗車するタクシーの割当がないこともあって、配車の手伝いをしていたところ、市木からジャンボタクシーの乗務と新聞配送を行うよう命じられた。しかし、被控訴人は、これを拒否し、その後平成九年三月一六日に乗務係に復帰するまでの間、営業係としての就労をしなかった。

二  本件命令の趣旨について

控訴会社は、本件命令の内容は、被控訴人の業務内容の比重を変更するものにすぎず、配置転換には当たらない旨主張する。

しかし、証拠(〈証拠略〉)によれば、控訴会社が労働契約を締結する際に作成する労働契約書には、乗務員向けのもの(表題は「労働契約書(乗務員)」)とそれ以外の従業員向けのもの(表題は「労働契約書(社員)」)とがあり、前者の労働条件欄には、業務内容・就業場所として「一般乗用旅客自動車運送事業用自動車の運転と付随する業務、会社の事業区域を根拠とした営業区域内」と不動文字で明記され、労働時間、賃金等の内容が具体的に記載されているのに対し、後者では、就業場所及び従事業務欄に内容を記載するようになっているほかは、就業規則等の定めによるものとされていることが認められる。そして、乗務係と営業係の勤務体系、賃金等の労働条件及び業務内容は、前記のとおり異なることからすれば、乗務係と営業係の従業員は、採用時点から職制が区別されており、その職務内容も異なるものというべきである。

そうすると、本件命令は、乗務係の乗務員として採用された被控訴人を、営業係という異なる職務に就かせる配置転換を命じたものと認めるのが相当であり、したがって、控訴会社の右主張は、採用することができない。

三  本件命令の効力について

1  被控訴人は、タクシー乗務員として控訴会社と労働契約を締結したのであるから、被控訴人の同意なくして行われた本件命令は、無効であると主張するので、検討する。

控訴会社の就業規則(〈証拠略〉)によるに、乗務員の職務の性質から特有のもの(例えば、無線の呼出しに対する応答、自動車運転免許証の携帯等)や、乗務員服務規程の遵守を定めた規定(一一条)のほかは、職種に限定した定めはなく、異動・出向に関する規定(一八条)においても「会社は業務の必要により、従業員に職務、職種、職場、勤務地等の異動、又は出向を命ずることがある。この場合、正当な理由なくこれを拒否することはできない。」と定められており、乗務員とそれ以外の従業員との間の区別はされていない。また、証拠(〈証拠略〉)によれば、控訴会社と被控訴人との間の労働契約においては、労働条件の詳細は就業規則によるものとされ、被控訴人は、その遵守を誓約していることが認められる。また、営業係の業務は、前記のとおりタクシー乗務と密接に関連するものであり、特に、控訴会社においては、ジャンボタクシーの乗務は主に営業係の担当とされていることにかんがみれば、控訴会社との間で締結される乗務員としての労働契約は、タクシー乗務以外の業務に一切就かせないという職種を限定した趣旨のものではなく、雇用後相当期間経過後の経営管理上の諸事情に照らして、控訴会社において業務上の必要があるときは、従業員の同意なくして配置転換を命ずる権限が留保されているものと解するのが相当である。

そうすると、控訴会社が本件命令を発令するに当たり、被控訴人の同意を得なかったことをもって、同命令を無効とすることはできず、したがって、被控訴人の右主張は、採用することができない(なお、証拠(〈証拠・人証略〉、)によれば、控訴会社は、配置転換に当たり被控訴人にその間の事情を十分に説明せず、また、乗務するタクシーの配車を直ちに停止するなど短兵急な措置を取ったことが認められるが、このことが本件命令の効力に影響を及ぼすものとはいえない。)。

2  ところで、従業員に対する配置転換の命令は、従業員の生活関係に多大の影響を与えるのが通常であるから、労働契約に準拠する場合であっても無制約に認められるものではなく、本件命令の効力に即していえば、控訴会社における業務の必要性と、同命令により被控訴人が被る職業上又は生活上の不利益を比較考量して、その効力を判断すべきであり、これが控訴会社の裁量の範囲を逸脱するものとして権利濫用に当たる場合には、本件命令は無効となるものと解するのが相当である(本件命令に関する被控訴人の主張には、この点も含まれるものと解される。)。

そこで、右相当性について判断するに、本件命令は、ジャンボタクシーの需要増等により、営業係の担当者を補充する業務遂行上の必要が生じたことに端を発するものである。加えて、被控訴人は、労働契約を締結した際、将来観光タクシーやジャンボタクシーに乗ることに拒絶反応を示さなかった経緯があり、現に、被控訴人は、平成五年一一月ころからジャンボタクシーにも乗務した実績もある。その一方で、被控訴人の小型タクシー乗務員としての売上成績が低迷していたことは、前記認定のとおりである。なお、控訴会社は、本件命令の合理性に関し、被控訴人に対して営業係への異動を前提に特別の処遇をしたことや、乗務係の過員を主張し、これに沿う証拠(〈証拠・人証略〉)もあるが、反対趣旨の証拠(〈証拠・人証略〉、被控訴本人)に照らし、右(証拠略)は採用することができない。

そして、被控訴人が営業係への異動を拒否する理由は、性格的に向かないという主観的なものにとどまり(〈証拠・人証略〉、被控訴本人)、前記のような乗務係と営業係の勤務、賃金等の労働条件の差違(ママ)からすれば、被控訴人がその職務上又は生活上、特段の不利益を被るものとは認められない。なお、被控訴人は、控訴会社の意図について、被控訴人が営業係として勤まらないことを承知した上で、古賀タクシー労働組合の組合員である被控訴人を退職に追い込む目的で本件命令を発令した旨供述し、証人品川文夫もこれに沿う供述をするが、前記認定事実に照らして、右供述は採用することができない。

3  以上によれば、被控訴人を乗務係から営業係に配置転換する旨の本件命令は、控訴会社の業務の必要上合理性のあるものであり、被控訴人に職務上又は生活上、特段の不利益を被らせるものと認めることはできない。また、控訴会社の裁量の範囲を逸脱し、権利の濫用になると認めることもできない。

四  被控訴人が平成七年七月二二日から乗務係に復帰した前日の平成九年三月一五日までの間、営業係としての就労をしなかったことは、前記のとおりであるところ、証拠(〈証拠略〉、被控訴本人)によれば、被控訴人は、平成七年七月二三日から平成八年五月までの間、乗務員の勤務相当の日数は出社しているものの、タイムカードを押すのみで帰宅していたことが認められる。そうすると、被控訴人の右出社行為は、債務の本旨に従った労務の提供に当たるとはいえない。

五  以上によれば、本件命令の無効を前提とし、不就労期間の未払賃金の支払を求める被控訴人の本件請求は理由がなく、失当として棄却すべきところ、これを認容した原判決は相当でない。

よって、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(平成一一年七月一五日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 小長光馨一 裁判官 長久保尚善 裁判官 石川恭司)

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